いきなりですが、簿記会計と会計実務は表裏一体でどちらかが欠けていては正しい記帳はできません。一般的に授業や検定試験としての簿記は、法人取引を基本としていますので、個人事業の会計とは一部異なることがあります。
個人事業の会計処理を正しく行うためには、税務知識等が必要となってきます。個人事業の会計記帳に関しては、事業所得の計算をするために必要となりますが、譲渡所得や利子所得、配当所得など別の所得に関するものは、法人の会計処理と異なります。
個人事業の勘定科目にあって、法人の勘定科目にはないものに、「元入金」「事業主借」「事業主貸」「自家消費」「専従者給与」があります。
今回は、これらの勘定科目について解説していきたいと思います。
まずは、勘定科目の基本的な説明から
最初に、個人事業で使用する各勘定科目から押さえていきましょう。
事業主貸
この勘定科目の中では、おそらく一年を通して一番よく使う勘定科目ではないかと思います。
事業主貸とは、事業用のお金を(個人)事業主に貸すという意味合いで使われ、生活費などの個人的な目的で支出をした金額のことをいいます。だからといって返済する義務が生ずるわけではありません。
【事業主貸が使われる場面】
- 生活費の支払い(家計に入れるお金)
- 個人にかかる所得税や住民税などの税金
- 個人事業主やその家族にかかる社会保険料(国民健康保険料・国民年金保険料など)
- 個人が運用する有価証券その他諸費用
- 個人所有の自動車などを売却したときの売却損 など
いずれも事業のための支出ではなく、私用のための支出に関するものとなります。
なお、副業で不動産取引をしたり、株式運用している場合は、それが事業的規模で行われているのか、いないのかで会計処理は変わってきます。
事業主借
事業主借とは、事業用のお金を(個人)事業主から借りるという意味合いで使われ、主に事業用資金を受け入れるときに使用します。こちらも返済してもらう必要性はありません。
【事業主借が使われる場面】
- 個人事業主が事業用のために追加資金を拠出
- プライベート用口座・クレジットカード等からの事業経費の支払い
- 事業用口座の預貯金利息
- 事業用口座で取引した株式等にかかる売却益、配当金の入金 など
事業用資金(手提げ金庫や預貯金口座)とプライベート用資金(自分の財布や預貯金口座)の取引が混ざらないように、しっかり使い分けをしましょう。
元入金
元入金とは、事業を始めるにあたって、拠出した事業資金です。追加出資をしたときは事業主借を使いますから、期中に出てくることはありません。
簿記の知識だと、法人の取引に当たって追加出資を行うときは、
(現金) ××× / (資本金) ×××
のように習います。これをそのまま応用してしまうと誤った仕訳となってしまいます。正しくは、
(現金) ××× / (事業主借) ×××
となります。
決算期には、事業主貸と事業主借などを相殺して次期の元入金の金額が変動します。
【翌期首の元入金の計算式】
期首元入金+青色申告特別控除前の所得(当期純利益)+事業主借-事業主貸
自家消費
自家消費とは、事業用の商品や製品などの棚卸資産や、その他の事業用の資産を私用に使うときの勘定科目となります。例えば、店に置いてある商品をお歳暮として使う場合などが挙げられます。
この自家消費の金額は、仕入れた商品を自家用に販売していることになるので、売上高に計上されます。また自家消費した商品に対する消費税は課税されますので、その処理も忘れずに行いましょう。
専従者給与
専従者給与とは、青色申告をしている個人事業者が家族の従業員に対して支払う給料をいいます。
青色事業専従者になるためには、次の要件をすべて満たし、「青色事業専従者給与に関する届出書」を納税地の税務署長に提出していることが必要となります。
- 青色申告者と同一生計にある配偶者およびその他の親族であること
- その年の12月31日現在で年齢が15歳以上であること
- その年を通じて6か月を超える期間(一定の場合には事業に従事することができる期間の2分の1以上を超える期間)、その青色申告者の営む事業にもっぱら従事していること
提出期限は、青色事業専従者給与額を算入しようとする年の3月15日(その年の1月16日以後、新たに事業を開始した場合や新たに専従者がいることとなった場合には、その開始した日や専従者がいることとなった日から2か月以内)までとなります。
なお、白色申告者については、事業専従者控除を受けることができます。事業者専従者控除額は、以下のいずれか低い金額となります。
- 事業専従者が事業主の配偶者であれば86万円、配偶者でなければ専従者1人につき50万円
- この控除する前の事業所得等の金額を専従者の数に1を足した数で割った金額
事業専従者控除を受ける要件については、上記の青色事業専従者と概ね同じとなります。
したがって、これに該当しない場合は、同一生計内の給与の支払いに関しては、必要経費として認められないので、注意が必要です。なお、同一生計外であれば、普通に従業員を雇用したときと同じように「賃金給料」として必要経費に算入することができます。
気をつけなければならない間違いやすい取引
株式会社中心の簿記会計を習った勢いで個人事業の取引を記帳すると間違えてしまう取引を例としてあげてみました。前置きで言っておきたいのは、簿記会計は会計記帳をする上で必要な知識です。
冒頭に申し上げた通り、簿記の知識と、会計実務の知識(税務上や労務上の知識)は両輪です。どちらかが欠けてしまうと正しい会計処理もできないし、正しい税務申告もできません。
【ここからはCMです。】
簿記の知識については、日商簿記2級は欲しいところです。簿記の知識を習得したい方は、別途「ポリテク火星出張所!」というブログをやっていますので、そちらを参照いただければと思います。
そちらを見て自分も勉強してみたいを思った方は、簿記の個別指導(訪問も可)も随時行っております。工業簿記の標準原価計算などわからない部分だけのピンポイントでのカリキュラムを組むことも可能となっています。よろしくお願いいたします。
預貯金利息の取扱い
簿記の授業やテキストでは、以下の通りとなっていました。
(普通預金) ××× / (受取利息) ×××
そもそも預貯金利息は、すでに利子所得として、金融機関で源泉徴収(源泉分離課税)がなされています。これをさらに事業収入として経理してしまうと、二重課税のおそれがあるわけです。
正しくは、事業主借でいったん個人として受け取った利息を事業のために追加出資したと考えます。
(普通預金) ××× / (事業主借) ×××
これと同様に株式や投資信託にかかる配当金も事業用の口座に入金されたときは、この仕訳で行います。
個人事業主にかかる社会保険料
個人事業者やその家族にかかる国民健康保険料、介護保険料、国民年金保険料は、いずれも必要経費として認められません。これらは、個人事業をしていてもしていなくてもかかるものです。
各種支援金などで確定申告書を目にすることが増えましたが、法定福利費や福利厚生費で処理されている方を見たことがあります。一般の従業員を雇ったときには、その従業員のために負担する社会保険料は法定福利費で処理をします。
ただし、事業主本人や同一生計内の家族に対する社会保険料は、法定福利費などで経費に算入することはできません。その代わり確定申告で社会保険料控除として控除することができます。
必要経費に入れてしまった場合、事業所得が低く見積もられるため翌年度の社会保険料の算定に影響を及ぼします。一方、社会保険料控除は、所得税や住民税の控除に使われるため、課される税金が安くなるという仕組みになっています。
悪質なのは、社会保険料を必要経費に入れて、さらに社会保険料控除で差し引いてしまうことです。翌年度の社会保険料は安くなるし、課される税金も安くなってしまうことになって脱税とも取れる行為です。このような二重控除は絶対に起こさないように気を付けましょう。
ちなみに社会保険料控除は支払った時期をベースとして計算します。前期分を当期に支払った場合は、当期の社会保険料控除に含めます。逆に当期分が支払えずに翌年度に回した場合には、翌年度の控除となります。
個人事業主にかかる税金
一般的に事業にかかる税金は租税公課で処理をします。なお、消費税及び地方消費税は、未払消費税で処理します。
【租税公課で処理すべき税金】
- 事業税
- 固定資産税
- 自動車税
- 自動車重量税
- 自動車取得税
- 印紙税
- 登録免許税
【租税公課で処理できない税金】
- 所得税及び復興特別所得税
- 住民税
- 加算税、延滞税
- 罰金、交通反則金
- 相続税、贈与税 など
ただし、租税公課で処理できる金額は事業にかかる分のみです。事業兼用の住宅にかかる固定資産税や、事業兼用の自動車にかかる自動車税などは、事業にかかる分とそれ以外の分とで按分する必要があります。
例えば、店舗兼住宅で店舗にかかる敷地面積が40%であれば、固定資産税は全体の40%の金額しか必要経費にすることはできません。
マイカーを事業兼用で使用しているのであれば、事業用で使用した分とプライベートで使用した分(走行距離数や走行時間など)で記録をしておき、事業分を必要経費とすることができます。
走行距離の記録については、「自動車運行記録簿」など使って記録したりします。すべての記録は大変であれば、利用頻度の少ない方の使用記録だけつける形でも構いません。
自動車につきましては、ガソリン代などの燃料費や、車検代や修理代なども事業按分が必要となりますし、店舗兼住宅であれば水道光熱費もその対象となります。
株式や自動車にかかる売却損益
この件に関しても、簿記の授業では、有価証券売却損(益)や固定資産売却損(益)を使って仕訳をしていました。
株式や自動車を売却する場合、個人名で取引をします。ですから、事業用であっても売却(譲渡)にかかる取引は、譲渡所得とされ、そこで得た利益などは原則分離課税の対象となります。
また、損をしたとしても必要経費にできません。したがって、仕訳をする場合は事業主貸や事業主借を使うことになります。